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目ヤニさん、本日車酔いしたのかも。
散歩中と帰宅後に吐いちゃった。
帰宅後は落ち着いてご飯も食べたので、多分車酔いだったんだろうな。
車が苦手な子はやはり苦手だから、あまり無理のない距離でドライブを楽しもうね。…楽しめる距離でね。
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今日は3月11日。もう7年も経ったんだね。私の中ではまだ2〜3年の感覚なのだけど。
2011年3月21日に震災の時のことを書いてはいるけれど、その後にわかった事もあった。

我が家は沿岸に近いせいなのか、津波はぎりぎり到達していないけれど浸水地域になっていたようで、郵便や宅配便が来てくれない。
お店には粉物しか売っていない状態が1ヶ月も続いた。街中や海から遠い地域はうちの方よりはるかに早く売り場の再開などしていたようだ。
沿岸部でやるべき炊き出しを、なぜか街中でしていたり。ある一部の避難所には余るほどの物資が届いているのに、ある避難所は不衛生な状態で1日1食だったり。
こういう事は数ヶ月後にわかったことだけど、不公平だなぁと思った。

国道は砂浜のようになっていて、道路に船、海に車。
スーパーに買い出しに行っても、数時間並んで買える数は一人5点ずつ。ガソリン灯油は一晩並ばないと買えない。しかも買える確証もないまま並ぶ。
風向きでヘドロのニオイ。うちの近くを流れる川の真ん中に二階建ての家。
道路に倒れたままの自動販売機。垂れ下がったままの電線。

…停電していた当日夜の怖いほどの星の数。

あの時はまだ、おっちも小次郎も華ちゃんもいた。
忘れたいのに忘れられない。泣きたいのに泣けない。
この震災、どうして今なの?どうして私たちの時代なの?って何度思ったか。

忘れてしまう人がいたり、そのうちその後に生まれた人たちの時代になるのだろうけど、私は生きている限り忘れられないだろうし、私がすべき事は身を削ってでもやっていく。生かされた私が出来る事ならやっていかなくちゃと改めて思い直した。そんな東日本大震災から7年の思い。

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